環境の保全対策

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ここでは前二章についての追加と、改善策などを述べます。

1.業者や行政は情報を開示すること

40年以上にわたる6億立方メートルの山砂の採取で山々が消え、地殻が隆起し、そのうえ膨大な量の廃棄物が投棄され続けているという実態は、なぜか一般にはほとんど知られていません。

それは一つには、業者や行政が情報を公開したがらないからです。70万年の歴史がある貴重な大自然を、わずか40数年で消し去り、地方全体に1日に7000台ものダンプカーが疾走することもある国家的、社会的な大事業ですから、事業場別の年間採取量とか事業場面積などは開示するべきです。

2.マスメデイアは、「山が消えて山ができる」現状を報道すること
マスメデイアによる報道も、国民がそれらを周知するうえで不可欠です。山砂採取場や廃棄物の投棄現場は、高い塀で囲まれていたりして、道路からは間口の部分か塀だけしか見えません。つまり、地元の住民でさえも、小高い丘とか上空からでないと、このような状況は把握できません。

このような重大な変貌は、空撮によるテレビ報道などによって的確に報道されるべきです。そうすれば一般の人々も関心を持ち、「環境問題は騒ぎすぎだ」とか、「ゴネ得をねらっている」などという情報不足や誤解による発言も減り、改善策につながります。
3.資源の枯渇を自覚し、後世にも配慮を
羽田空港沖の第4滑走路用地の埋め立ては、あと2〜3年で完工予定ですが、すでに千葉の山砂は掘り尽くした状態です。そこで地元の業者は、写真2 の鬼泪山(きなだやま)国有林からの山砂採取を千葉県議会に申請しています。

この申請書に添付された「ちばぎん総合研究所」の報告書は、国有林から山砂を採取すれば年間52億円の経済効果が見込まれ、今後50年間の採取が可能なので、環境などに配慮しつつ、「山砂を採取するのが望ましい」と提言しています。

しかし、この広大な国有林は、房総半島の地下水の涵養域として極めて重要であり、実際に地元の富津市民は、飲料水の3分の1をこの一帯から取水しています。歴史的には、この鬼泪山は、地元住民の共有林として守られてきたという経緯があります。

したがって、少数の県議会議員などの建議を採択し、伝統的に業者が絶対有利な県議会の多数決で、短期間に決定するべきものではありません。千葉県民や富津市の住民の意見なども充分に傾聴するべきです。


現在の地球の大気は、ブラジルの森林ののおかげで守られているといわれます。鬼泪山は都心からわずか50キロにあり、約3000万人が住む首都圏の大気を浄化し、気象を維持するうえでも重要な森林です。大都市圏に辛うじて残された貴重な里山として、このまま次世代に受け渡すべきです。

このような聖域まで消滅させてしまうのは、地球環境や生物多様性の保全などを世界に提唱し、京都や洞爺湖で華やかに地球サミットまで開いてきたわが国としては、言動が一致していません。
4.「砂利山」とか「処分場」という私有財産に公的規制を
「山」という公共的な財産が私有化され、山砂が売却され、跡地に廃棄物が投棄された結果は、景観の破壊だけでなく、地質、地下水、飲料水の汚染や枯渇、植生の変化、大気の浄化作用とか地殻の変動への影響などが残され、これ以上、放置できない状況になっています。

したがって「砂利山」とか「処分場」などは私有財産であっても、それらの維持、管理には、地球環境の保全という公益が優先するべきです。つまり、山砂採取の許認可とか採取跡地や処分場などの管理は、地域住民や学識経験者などの意向を反映させながら、行政が責任をもって指導してゆくべきです。
各地にある採取跡地の活用方法などは、一般公募してみるのも一案です。当初案の宅地造成のほか森林や農園、スポーツ施設、レジャー施設、工業団地、各種の実験施設、教育施設、国際交流施設など、多様な活用が期待されます。
5.資源の消費は慎重に
首都圏では戦後に建てられた多くのビルが寿命となり、まもなく建て替えが必要になるといわれています(文献14。そのとき、また「山が消えて山ができる」 を繰り返すのでしょうか。山砂のような太古からの地下資源を使用した建築物を、30年程度でスクラップにして地方に「お返し」するのは、あまりにも不経済で、傲慢な浪費です。

このようにコンクリート化に必要な資材は漫然と地方から採り続け、それらの廃棄物は安易に「地方へ捨てればよい」という生産や消費のスタイルは、地球レベルで見れば、「南」の資源を安易に、大量に消費している「北」の人間の生活スタイルと共通しており、われわれは、そのような生活態度に気づき、改めるべきときにきています。
6.建材の供給体制の再検討を
日本経済の立役者だった千葉の山砂は、すでに枯渇しました。その代替資材として、岩石を破砕した「砕砂」とかリサイクル建材の開発、充分なアセスを前提とした大陸棚からの海砂採取、中国からの輸入などの改善策の検討が重要となっています。
なお経済産業省によると、平成18年度の全国の砂・生産量は5616万立方メートルです。その産地別の内訳は表1 のように、山砂が3割、海砂が2割、次いで陸砂、川砂の順です。また千葉県の山砂の年間生産量は1084万立方メートルで、これは全国の砂生産量の約2割です。

表1 産地別・砂採取量ランキング(平成18年度、万立方メートル) 
  • 経済産業省資料による。
  • 全国総計は5616 万立方メートルである。
7.この研究の動向
かって拙著「ああダンプ街道」(岩波新書、文献1)が出版されると、関西地方の学者や各地の教員、高校生などが次々と「ダンプ街道」にやってきました。しかし、私が勤務していた東京大学では敬遠されぎみで、「運動家」とか、「この問題は、これで終わりでしょう」などの評価でした。しかし、故・宇井 純さんは、「まず現場を見ないことには」といって視察にきて、「これは大問題だ」と驚き、嘆いていました。

また文部省「環境科学特別研究」文献5)の会合でお会いした故・加藤一郎学長は、私の研究を評価して、「ああダンプ街道」の出版記念会にもお出でいただきました。本郷3丁目をジョギング中の宇沢弘文先生(経済学)も拙著をほめて、「現代を問う」(東大出版会、1986)で書評してくれました。元神奈川大学法学部長の故・野沢 浩先生は、ダンプカー運転手の研究など、いつも激励いただきました。

宇井さんを受け継ぐかのように、1993年から東京大学・駒場キャンパスで、「環境三四郎」という学生サークルが活動しています。彼らは「環境の世紀」という選択講義を開講し、文献12 の「まえがき」では、「未来の姿はわかりません。(略)確固たる道標はありません。いかなる未来を現実のものとするか、それはわたしたちの選択と行動にかかっています。」と述べ、内外の環境問題を考察しています。

また数年前には、東大・駒場のゼミの学生や、東京経済大学・現代法学部の片岡直樹教授と学生らが、ダンプ街道などを見学に来ました。これらは、新しい世代の一つの動きとして注目されます。
最近は東京大学を含めて、「持続性」をテーマにした潤沢な大型研究が国際的に進行しており、筆者のところへも取材にきました。また以前とはちがって、各地の大学院で環境問題を学べるようになりました(文献13の巻末)。建材全般の持続性についての研究が期待されています。
この研究は文部省の科学研究費や、日本生命財団などの研究助成(平成元年ほか)をいただきました。後者によって千葉県の高校教員や君津市職員などとの共同研究を実施し、関西国際空港の埋立て用資材の採取現場や、京都府城陽市の「採取跡地・整備公社」の活動、採取跡地にできた阪南市のニュータウンなどの視察もできました。
8.海砂に関する研究
西日本には山砂が少ないので、表1 のように海砂を採取していますが、漁業への影響などのために、禁止や厳しい制限となっています。

そのような状況で、「瀬戸内海地域の環境保全と海洋利用に関する総合的法学研究」が2003年に報告されました。これは香川大学の中山 充教授ほか、10 数名の法学者らによるもので、アジア諸国の川砂や海砂の生産現場の訪問調査も実施しています。
そこでは、「海面埋め立てと海砂利採取の全面禁止を『瀬戸内法』に条文化し、それをテコにして、循環型社会の形成とコンクリート依存文明から脱却するという、生活様式の大転換を実現するべきだ」、と述べているのが注目されます(文献15の9ページ)。
9.廃棄物の減量と「新廃棄物処理法」の制定
図4 は、わが国の生産資源や生産物と、それらの消費過程を量的に図示したものです。図の右端にある年間3400万トンの最終処分量を減量するために、「産業廃棄物の減量」と、図の最下部の「リサイクル化」に向けた努力が活発化しています文献9,10)。消費者も「グリーン・コンシューマー」に徹し最終処分量をさらに減らしたいものです。

また、それらを今日までのように、「捨てやすい、おとなしい千葉」などに集中的に捨てるのではなく、産業廃棄物の自区内処理、投棄量の地域別・総量規制や、地域住民の同意の優先などを盛り込んだ「新廃棄物処理法」を早急に制定して、第二の千葉を作らないことが重要です。
不法投棄も千葉県内では、銚子から館山までの全域にわたっています。全国的には、筆者が見た瀬戸内海の豊島、青森・岩手県境、岐阜県椿洞などのほかに、各地で無数かつ大量に投棄されており、これらの後始末が大問題です。これ以上増やさないためにも、監視や取り締まりがきわめて重要です。
10.経済発展がもたらした国土の荒廃
砂と同様に、国内で生産されている建材の生産量は図4 の左のとおりで、岩石が4億トン、砂利が 2億トン(そのうち砂は1億トン。また1立方メートルの砂は約2トン), 石灰石が1億6千万トンなどです。

いずれの採掘現場においても、山砂の採取と同様に著しい自然破壊が起きています。セメントの原料である石灰石の採掘現場を見ると、埼玉県の秩父にある武甲山では戦前から石灰石が採掘され、山容が大きく変貌しています(文献16。滋賀県・岐阜県境の伊吹山も、ほぼ同様です。
写真21 埼玉県・秩父の武甲山の全景
左の山頂一帯も削られて、標高が41メートル下がり、
1295メートルとなった。(1997年に撮影)
1997年現在の埼玉県の武甲山は、写真21 のように山頂一帯も削られ、標高は41メートル下がって1295メートルとなり、「日本百名山」も形無しとなっています。なおこの写真は、講義で千葉の「山が消えた」スライドを見た秩父出身の学生が、「ご参考までに」と小学校の卒業アルバムから提供してくれたものです。

砕石の原料の岩石の採掘においても、筆者が視察した奥多摩地方や栃木県の葛生町など、全国各地で山々が激しく削られつつあります。

数百万人の生命が犠牲になった第2次世界大戦でも、太古からの山河は無事に残りました。その山河をわずか40年で、ここまで変容し、消滅させた現在までの経済体制に、「地続可能性」があるとは思えません。また有害性の高い「平成新山」を、次々と後世に残してゆくという生活スタイルは、危険な環境破壊そのものです。

11.地球に優しい経済国家宣言を
つまり、これほどまでに自然を破壊して競争的に空港を拡張し続け、大都市の高層ビル化、コンクリート化にこだわるという経済体制や現代文明のあり方が、地球環境の保全や人類の生存にとって妥当なものといえるでしょうか。

かって、スイスが世界に先駆けて軍事的中立を宣言したように、わが国も「過剰に環境を破壊する、とめどもない経済戦争」から一歩退いて、「地球に優しい文化国家宣言」をするべきときではないでしょうか。

【文献
  1. 佐久間 充:『ああダンプ街道』、岩波新書、1984 (この本は、第31回青少年読書感想文・全国コンクール「高校部門・課題図書」に選定されました。)
  2. 佐久間 充:『山が消えた--残土・産廃戦争』、岩波新書、2002
  3. 佐久間 充:山砂を運ぶダンプカーによる住民被害、日本公衆衛生雑誌、26(5)、 225-235, 1979
  4. 山砂を運ぶダンプカー運転者の労働実態、労働科学、56(6)、 347-362、1980
  5. 佐久間 充:ダンプカーによる粉じんの地域住民への影響に関する研究、 文部省特別研究「環境科学」総合研究班:環境科学・人体影響研究、55-60、1983
  6. 佐久間 充:山砂ダンプカーの地域住民に及ぼす影響並びに住民の反応に関する研究、民族衛生、51(4)、184-199、1985
  7. 多田 堯:山を削ると地殻は隆起する、地震、第35巻、427-433、 1982
  8. 楡井 久:土壌汚染対策法と汚染残土石、INDUST、Vol.17、 No.9、10-14、 2002
  9. 経済産業省: 産業構造審議会 廃棄物処理・リサイクルガイドライン(品目別編・業種別編2005年)、経済産業省産業技術環境局リサイクル推進課、2005
  10. クリーンジャパンセンター: リサイクルデータブック2007、 01〜02 、クリーンジャパンセンター、2007
  11. 楡井 久:第10節 人工地質、千葉県の自然誌 本編2 千葉県の大地 県史シリーズ41、321〜350、千葉県史料研究財団、1992
  12. 東京大学三四郎「環境の世紀」編集プロジェクト:エコブームを問う 東大生と学ぶ環境学、学芸出版社、2005
  13. 武内和彦: 地球持続学のすすめ 岩波ジュニア新書 568, 岩波書店、2007
  14. 小林一輔: コンクリートが危ない、岩波新書、1999
  15. 中山 充: 瀬戸内海地域の環境保全と海域利用に関する総合的法学研究、平成12年度〜14年度科学 研究費補助金(基盤研究B1)研究成果報告書、2003
  16. 佐々木 正紀: 週刊・続日本百名山ー武甲山・白石山・大岳山、朝日ビジュアルシリーズ Vol. 2 、朝日新聞社、2002
  〔文献1.2.は書店、またはインターネットで購入できます。〕

 佐久間 充(さくま みつる)

    1937  (昭和12年)千葉県君津市生まれ
         東京大学教育学部・健康教育学科卒業
    1962  同 大学院博士課程修了 (保健学博士)
         仙台大学専任講師、東京大学医学部・助手
         東京都老人総合研究所・室長
    1993  女子栄養大学教授 (同大学院教授、東京女子医科大学、
         東京経済大学、山梨大学、長崎大学などの講師も兼任。2006年まで)

       2015 女子栄養大学・名誉教授


         この間、文部省・長期在外研究員として米国イエール大学に出張。
         JICA,WHO の健康教育専門家としてタイ、パラオに派遣される。
         また黄色人種の生活習慣病に関連する遺伝子、栄養、生活状況などの
         共同研究をパラオ、タイ、中国、モンゴルで実施した。

 
 
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